ED75とSLと

なんでもそこそこ有名な場所らしく、朝目が覚めると何人か鉄道ファンの方が同じように写真を撮っていたようだが、いかんせん眠気には勝てず、朝の6時過ぎに一本貨物列車を眺めたあとはしばらく惰眠をむさぼる.雨上がりのひんやりした空気はもう秋.

昼前に、さらに北に向かう.特に予定も何もなかったので、そのまま東に折れる.昨日・今日と磐越東線に走っているSLを見に行くことに、しかし時刻表なんて持っているわけも無く途中で本屋に立ち寄ったりするのだが.
磐越東線、といえば福島県は中通の郡山から太平洋に面したいわきまで、東西に阿武隈山地を横断する路線だが、今まで乗ったことも沿線に行ったこともなかった.特に名所絶景があるわけでもなく、沿線に大きな町も無い、で東京からも遠くも近くも無い、という恐ろしく地味な路線だ.ついでに普段は列車本数も一番少ないサミット部分で一日6往復と、これまた地味な路線.天気も今にも雨が降り出しそうな天気で、この地味な気分に輪をかけてくれる.

しかし、この地味さがなかなかいいところだった.鉄道と付かず離れず併走する県道はなんとか2車線、といった頼りないものだが、しばらく走ると集落が現れ、小さな平野には田圃が広がる.本当ならこの連休中に稲刈りをする予定だったんだろうか、稲は頭を垂れて、黄金色の大地は露出計の針を2段くらい押し上げそうに眩しい.すでに稲刈りが終わった田圃では稲が干されている.はせ掛けとホニオ掛けが混在する風景は南東北独特のものだ.カーブのところには大きなイオングループの赤い誘導看板、「SuperCenter この先22km」、裏を見ると「イオンタウン この先17km」.次々と同様の看板が現れるが、店の名前は次々と変わってゆく.イオングループで市場を独占しているあたりがやはり東北だ.古い東北と今の東北が交じり合ってる風景がここにある.

平地で2本ほど気動車列車をとった後、さらに鉄道はサミットに挑み、併走する県道はますます頼りなくなった.川に沿うように離合の出来ない道が続く.鉄橋を見上げる川べりでぼう、と待つ.待つことしばし、盛大に黒煙を上げながらSLが走っていった.後に3両の古びた客車、さらに後ろからディーゼル機関車が押し上げてゆく.思ったよりも静かに、すべるように走って行った.

さて、このSLあぶくま号、86km、列車で1時間半の距離を3時間45分かけてゆっくりゆっくりと走る.というわけで、次の川前駅にいくと、まだ列車は着いていなかった.駅前では婦人会だろうか、おでんの出店が出て、地域の人たちが三々五々集まってくる.列車がつくと保存会の御婦人の踊りが始まり、弁当売りに果物売りが出、ホームはざわめきに包まれる.駅の横に止められた散水車からホースが伸びSLに給水するための大休止.列車の窓を開けて買物をする姿がそこここで見られた.三両の旧型客車の指定券は全て売切ということだが、鉄道ファン、家族連れに加えて御老人の姿が非常に多く、ホームの人と親しげに会話を交わしている.どうやらこの町の方らしく、隣町まで、たまに平や郡山まで汽車に揺られた昔を懐かしんでいるのだろう.磐越東線の全通は1915年、もしくは御老人のほうが歳が上かもしれない.すっかり利用する人も少なくなってしまった小さな駅だが、このときばかりは昔に戻ったようだ.
やがて汽笛が鳴り、車掌が一つづつドアを閉めて回る.これまた派手に黒煙とドレンを吐きながらゆっくりと汽車は離れていった.