濡れせんべいを、買ってください。〜電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです〜
このような文章ではじまる「お願い」が出され、いろいろなところで取り上げられたのが去年の11月だからもう一年あまりになろうとしている。あまりにかわいいこの呼びかけの文体と、それでありながら労使連名の「お願い」の深刻な内容はネット上で火がつき、各マスコミにも取り上げられてそれはそれは大きな反響を呼んだ・・・というのは言わずもがなのことだが、その時からずいぶん「銚子電鉄乗った?」とかいろんな人に聞かれてきた。いや正直その時はその時は行きたいなあと思いながらもちょっとあまりに人が多そうなので敬遠しつつ、東京近郊でも売っている濡れせんべいをずいぶん買ったりしたにとどめていた。しかし、もうそろそろすいたかなあ、と思って行って来た次第。


いいなあ、いかにも地方の小型電車といった風情の均衡のとれたデハ801.冗談としか思えないような小さな行先板、そして側面のサボが美しい。



ワンマンなんだが、途中までは車掌が切符を切ってくれる。床は木貼り、広告は手書き・・・って、こんな光景15年ほど前の野上電鉄で見て以来だ。時代の止まったような光景だが、独特の時間の流れがあるのだろう。銚子から観光客、地元の客、ずいぶん乗ってきて結局満員になった。

乗車券は帰りに買ったもの。車掌が小脇にかかえた冊から一枚ぴっとちぎってくれる、区間別に色分けされた券。昔は京阪でも車内でこんなの買えたなあ。うん。




そう思いながらふと上に目をやると、銚子電鉄を支援する中吊り広告が。他にも銚子市内のおせんべい屋とかの手書きのポスターが揺れている。手書きなんて、今はなき野上電鉄で見て以来じゃないだろうか。地元の人の変わらぬ生活を乗せて、電車は走っている。雲が切れ、日差しが差し込んできた。



犬吠でほとんどの観光客が降りてしまって、一気に車内はローカル鉄道になった。少し走ると漁港のある外川着。なんだかこの前は西鉄香椎駅になっていた様な気がするが、気のせいだろう。三々五々観光客は立ち去っていくが、ここでも古い電車は人気者。

外川からまた電車でちょっと戻り、あとはぽつぽつと歩いて銚子へ向かってゆく。全長6.4キロの短い鉄道だ、簡単に歩けるほどの距離しかない。家と畑の混在する地域からだんだん家々が多くなってきて、軒先を掠めるように走ってゆく。ただ、結構直線で惹かれている部分が多く、みるといつまでもいつまでも去っていった電車が見えている。もちろん電車のスピードが遅いからでもあるんだけれども。



集落の中の、家と家の間の幅1m強の隙間をたどると駅につく。笠上黒生駅、電車はここで交換している。到着毎にスタフの交換が行われており、駅員さんが運転手からスタフを受け取り手渡す光景を見ることが出来る。昔ながらのスタイルだが、新たな投資が出来ないから仕方がないいえば仕方がない。安全側線がなく、外川行に優先権があるので銚子行きの電車は場内信号の手前で待つ事になるのだが、かるく2〜3分待っているあたりもとてものんびりしている。

万事こんな調子なのだ。駅舎の中では手作りのぼんぼりがゆれていた。




この銚子電鉄、親会社となった社長の不正で表面化した経営危機もさることながら、国土交通省から改善命令を受けたことも記憶に新しい。どっちも一つの事象の表裏に過ぎないのだが。全国からこの一年、随分注目されて少しは資金調達が出来た、という話も聞いているのだが、なんとかかんとかやりくりしている、という点は何ら変わらなさそうだ。改善命令の中には、「電車が通過中に踏切遮断棹があがりだす」とか「踏切灯火が破損脱落している」とかいうものもあり、なんとか最低限は改善されたようだ。古びた踏切標識だが×印だけは新品になっているところも随分あった。また灯火だけ最新式のLEDになっているところもある。しかし、潮風にやられっぱなしで随分穴の開いたものもあるし、塗りなおす時間と暇がないのだろう、完全に塗料が落ちて金属地肌になっている標識も多数ある。遮断棹も・・・上記写真は今にも折れそうな観音駅の踏切。笠上黒生駅の裏に踏切の制御箱がつんであった。横に終え印とされた地名は「里」「四ケ村」…。廃線になった鹿島鉄道から譲渡を受けたようだ。

写真にはないが、仲ノ町の駅では今日もせんべいが焼かれていた。「崩れそうな」と評される背の低い待合室、ホームからがらがら、と引戸を開けて事務所の中にお邪魔させていただくと、木の床にスチールの机がいくつか、作業ジャンパーを着て黒板に目を通す駅員さん。昔バイトをしていた、数十年選手のバスの営業所もこんな感じだった。なつかしくも、毎日毎日確実に仕事をこなされている、そんな感じの部屋の中にやまと煎餅が積まれ、直売もしている。毎日は苦しいけれども、動かす人は熱意を持っていて、そして今日も電車は動いている。


秋の日はつるべ落とし、あっという間に暗くなり、観光客も姿を消した。ぼんやりと黄色い明かりが車内を照らす。今日も、明日も、暮らしの中にこの鉄道はいてほしい、そう思える光景だった。