ギンギラ太陽's

これを書いているのはもう火曜の深夜なんですが、今でもなんだか余韻が残っているんですよね.
ギンギラ太陽's、「福岡でしか分からない」と称するだけに、いつ見ても圧倒的な一体感があるんですよ.なんだろう、演劇ならではの、そして役者さんも、そして観客も「福岡」という大きな場所とその場所が持つ時間を共有してきたという一体感があるんです.
開演前には、恒例の役者さんとの記念撮影.今回は福岡といえば新天町、今年で61周年目の商店街、新天町の老舗店舗のみなさんです.参考にこんなページも.新天町がどんなにえらいかよくわかります.


一番人気はうさぎのマーク、大隈カバン店のランドセルのようでしたが、やっぱり比較的若いお客さんが多かったからかなあ.ただ、しばた洋傘店、舶来品のレイメイ、結構お年を召されたお客さんに人気でした.やっぱりみんないろんな想いがあってみているんだなあ、と思うのです.

さて、「流通大戦争」.福岡以外の人にはわかるまい、というすごいネタ(福岡駅ABビルとか、天神コアのおまけの天神ビブレとか、永遠に売りつくし天神愛眼とか、大丸地下街自力で掘っちゃえとか)を繰り出しつつ劇は進んでゆきます.すごいのは、笑わせながら、人は一人も登場しないのに相変わらず笑えるんですよね、で、大体史実に基づいているんですよね.多分それって公にはなっていないよなあ・・・といったことまで大体あってる.見ながら、きっといろんな想いがみている人のそれぞれに思い浮かんでくるんでしょう.笑うポイントが人によって微妙に違ったりすると、ああ、あのお客さんってこれもまた思い入れがあるんだろうなあ、とか考えてしまうんです.つうか俺のばあちゃんなんか、今元気で見たら泣く.絶対泣きますよ、これ.一面なにもなかった天神から、百貨店といえばバラのマークの玉屋じゃないとダメだ、とか、昔は新天町にダイエーがあって、とかそんなところから始まりますもの.すげえ.この劇やっぱりすげえ.

去年の記事ですけれど、「天神経済新聞」のサイトより.


−取材先には簡単に受け入れられるものですか?  
「最初のコントは、勝手に想像して作った。その時のアンケートに、『うちの店のことは私に聞いてください』というコメントをもらったので、そこから地元の企業の方とつながりが出来た。劇団は地元の人に支えられて出来ている。東京公演の時、東京の方から『勝手に店の屋号を語って上演して怒られませんか?』という質問をされたが、怒られたことなど一度もない。東京の方が、ものすごく驚いていた。怒られるどころか、お店のデパートのイベントに呼ばれている。(笑)地元の企業が怒るどころか皆さんが面白がってくれている。地元企業の方は、懐が深いと思う」

−演劇を通して伝えたいことは?
「福岡の中でも天神という街は常にダイナミックに変化している。そして街の中には、例えば『交通の便利をよくしよう』『流通をもっとよくしよう』など、それぞれに命をかけて一生懸命働いている人たちがいる。私は、そういう人たちに感動し、その感動を演劇で伝えているつもり。だって、自分が住んでいる街のことを全然知らないって、もったいないと思いませんか?日々通っている天神は、家と会社の往復だけだが、例えば通勤で使う電車には泣ける話があるし、駅やデパート、新天町などにも語り尽くせないストーリーがある。そうした話を知っている方が、楽しくなるし、街を身近に感じることができる。せっかく住んでいる街なのだから、その街の魅力をみんなで再認識して欲しい。私たちは、実は街から恋をされているようなもの。例えば、お店は『あの人は、どんなものを置いたら買ってくれるのだろう』とか交通なら『どういうサービスをしたら乗ってくれるのだろう』というように、私たちは、それぞれから愛されている。だから、たまには、その思いを受けて街に『ありがとう』って言ってもいいんじゃないかと思う。毎回いろんな題材で芝居作りをする中で、どれか一つのキャラクターを好きになって帰って欲しいと思う。そして、何か一つでいいのでその人と街との繋がりのきっかけになってくれたらと思う」

俺のいる某社もばんばん出てきていました.ええ、「マツヤと手に手をとって」から始まって、「ユニードを(ry」から、「キャナルを(ry」を経て、「ハゲタカも食べてくれない・・・」まで.そういえば経営破たんしたLaLaLaグループ壽屋も就職試験を受けたなあ、とか、ウチの会社も福岡にはいろんな思い入れがあったんだよなあ、とかいろんなことを、死ぬまで笑いながらふとおもいだしたのでした.

しかしこの10年、こんなにいろんなことがあったんだなあ、と改めて思うわけです.新しいビルが出来、外部資本が進出してきて少しづつ形が変わっていく、それだけではなく内部からもいろんな動きがあって、今の街がある訳です.福岡って特にそういう動きが激しかったんでしょうかねえ.確かにくるたびに何かが変わっているのは確かですけれども.
流通で働いていて、福岡の街から今は離れてしまったけれどもいろんな物を少しは見てきた、そういう何かを共有できたことはとにかく幸せなことなのだなと思うのでした.同時に、流通って、街を作っていく、その意識はなくても街にかかわっていくんだよなあ、とふと考えるのでした.

さて、先月今月と福岡の町に何度か行く機会があって、ちょこちょこっと商業施設めぐりなんか地味にしていました.そのうちに載せてみようかなあ、と思っています.ギンギラの公演には間に合わなかったけれど、遠くからいらっしゃる方、少しでも参考になればまあ幸いです.