赤村トロッコ(続き)

往復30分弱、距離は短いが速度とシチュエーションで思ったよりも面白い。首都圏にあったら結構人が集まるだろうなあ、これ。

さて、途中1箇所だけある跨線橋、本村跨線橋。跨いでいるのは普通車で離合できる程度の田舎道。きちんと銘板がついていて、昭和61年2月竣工。ちなみに、下を走る予定だった国鉄油須原線は、すでに昭和55年には収益が見込めないとして凍結されている。これまで列車が走ったことはなく、そして今後も走ることはまずないであろう線路を跨いだ橋、というのも何か不憫だ。


筑豊炭田の石炭を苅田港に船積みする目的で、そしてエネルギー革命後は筑豊への企業誘致のために(こっちはかなり無理のある理由だが)建設された油須原線。建設末期は、実際に開業しても利用はほとんど見込めない、とわかっていながらも、高規格な線路の建設は進められた。

本村跨線橋からまた切り通し、トンネル、そして築堤。BLに牽かれた珍編成がゆっくりゆっくり走ってゆく。

この築堤上で列車は止まる。田んぼの向こうに平成筑豊鉄道の内田三連橋梁を望むためだ。1895年築、今でも現役の橋梁と、本来の目的を果たせなかった大築堤、先を見越したかどうかに違いが出たのか。


それにしても美しいレンガ組。アーチの丈夫には下駄歯と呼ばれるように、レンガが交互に歯車のように組むれているのが見える。複線化するときに、ここから延長していくのだという。