サリン事件から11年

その日は四国のとある小さな町にいたような気がします.帰りの電車の時間を調べるためだったでしょうか、夕方駅にいって買い求めた夕刊には「東京の地下鉄で有毒ガス散布か」の大見出しが踊っていました.しかし四国の小さな町から東京はあまりに遠く、駅の待合室のテレビからもずっとそのニュースが流れていたのですが特に心に留めることもなかったように思います.オウム真理教、その名前はたびたび出ていたのですが、最近大学に進出してきているインド系の新興宗教団体の一つ、といった程度の認識しかなかったように思います.たしかにたびたびその勧誘は目にしましたし、事実学園祭かなんかで冊子をもらったこともあります.確か.
 それからはや11年、毎日その近くを通るようになりました.なんとなく霞が関駅くらいしか知らなかったのですが、その日サリンが散布された、もしくは影響を受けたのは23駅26編成、うち5編成でなくなった方がおられるわけですから営団地下鉄(当時)のほぼ全線が対象になったことになります.スタンプラリーで通ったあの駅もその駅、そんなところで命を落とすとは誰が思うでしょうか.そして東京に来て、身近にその事件に遭遇した、しそうになった、いろんな話を直接聞きました.
 まだ事件は解決していません.駅にはまだ指名手配中の貼り紙がゆれています.しかし駅は今日もいつもどおり、人が行きかうのでした.